鑑賞会ニュース79号(令和元年11月30日発行)


鑑賞刀レポート目次

11月9日 鑑賞刀レポート

【一号刀】刀 無銘 二王極め 2尺4寸6分強 鎌倉中期 周防国

鎬造、庵棟、重ね厚く、鎬高く、元先幅差に開きがあり中鋒。大和気質をうかがわせる豪壮な姿。

鍛えは板目に流れ柾まじり刃寄りに所々杢目・小杢目が入り、うっすらと白け風の映りが見える。

刃文は中直刃調にやや小乱れがかり匂口は締まりとうるみが所々あり、刃縁に太い金筋が入る。帽子は直ぐに入り丸く返る。

茎は孔3(上半に1、下半に2)、鑢目は勝手下がり、茎尻は刃上がり栗尻。

 

二王派は平安末期の清真、鎌倉中期の清平が有名だが確実なものが存在せず、同時代の清綱の在銘があるため事実上の二王の祖といわれる。周防国は大和国の受領(東大寺の受領など)があったため大和国との交流が盛んにおこなわれており、作風も大和本国に近しい。二王の特徴がよく表れている作。ずっしりとした重みも時代と作風を楽しむためのひとつといえる。

(佐々木理恵 記)

【二号刀】刀 無銘 長船祐光極め 2尺0寸3分 室町初期 備前国

鎬造、庵棟、重ね薄く、先反りがつく小柄で細身な姿。鍛えは板目、鎬地の中程に杢目交る。

刃文は腰の開いた丁子と小丁子、短いのたれ、小互の目など様々入り刃縁に砂流し入り、鋒に向かうにつれて焼幅がやや上がる。

帽子は乱れこみやや尖り気味に返るが表裏で形が異なる。

茎は孔3、第3孔下に「在焉(ざいえん)」の金象嵌あり。鑢目は勝手下がり、茎尻は刃上がり栗尻。

 

姿形から永享頃の作と思われる。加治木島津家久秀が所持。

 

現代では本阿弥光遜は大宮盛景と極め、戦後は日本刀剣保存会で長船則光、日本美術刀剣保存協会では長船祐光と三者三様の見方がある事例として刀剣関係の資料に掲載されている。

(佐々木理恵 記)

【三号刀】平造り脇指 大和守安定 一尺三寸六分  江戸初期 武蔵国

 平造り、庵棟、地鉄は、板目に杢目交じり、地沸つき地景入り、かね黒みがかる。

刃文は、のたれに互の目、箱がかった互の目交じり、沸よくつき、帽子は、のたれごころに掃きかける。

安定は傾向として、のたれが角がかり、物打ち周辺の焼が低く穏やかとなるものが多くあります。本作も刃文が箱がかるなどの特徴が表れています。切れ味では新刀随一と定評があり、新撰組の沖田総司、齋藤一などの愛刀としても知られています。

本国は越前とされていましたが、最近の研究では紀州石堂出身が有力となっています。

明暦元年(1655年)には、仙台の伊達家から招かれ、仙台東照宮、瑞鳳殿へ奉納刀を製作しています。仙台藩工である初代安倫は江戸に出て安定に入門していますが、安倫系は明治まで十一代続く刀工となりました。

仙台にゆかりのある刀工の御刀を200年以上前に建てられた武家屋敷春蘭亭で鑑賞できたことは素晴らしい経験となりました。

 (今野利幸 記)

【四号刀】脇差 陸奥大掾三善長道 1尺6寸程 江戸中期 岩代国

 鎬造り庵棟重ね尋常元先の幅差有寛文新刀姿。反り浅く中切っ先詰まる。

鍛えは詰んだ小板目に小杢目も混り鎬地は柾目肌となる。刃文は浅い湾れがやや瓢箪様に構成され足付き小錵がちに働く。

表の帽子は小丸に返り強く掃き掛け裏は更に掃き掛け激しい。

埋忠明寿に学んだ美好政長の長男。名は美好藤四郎、のち姓を三善と改める。会津生まれとして実質、会津新刀の祖として最上大業物と評される良工。

一説に伊賀守金道、または津田越前守助廣に学んだとも言われる。瓢箪様の刃文は会津虎徹と言われるように

跳乕時代の虎徹を思わせる作風と業物の評価も相俟って徳川末期には一層有名になりました。

 

今回、三善長道を考えるに3号刀、4号刀、5号刀と江戸物としての作風が近似しており虎徹、興正、安定、兼重などまずその辺から見当を付けられれば個人的には良かったかなと課題に。

 

また刀剣美術、昭和53年8月259号に深江泰正氏の珍刀報告にて「陸奥大掾道長銘の刀について」の寄稿文があります。

当時、会津若松支部長で郷土刀の研究家でもあった故米山高道氏の見解をもとに長道との関係性を考察しています。三好から三善へと改名しているのは良く資料にも明るいですが名前に関して初期銘の存在、変遷を伺わせる資料は面白いと思います。

普段、宮刀保では会津刀が並ぶ機会は意外と少なかったので良い勉強の機会になりました。

 (三浦弘貴 記)

【五号刀】 脇差 河内大掾藤原国定/延宝四年丙辰二月 1尺7寸5分  江戸中期 岩代国

やや寸法の長い脇差で姿は身幅尋常で反りが浅く元先に開きがある寛文期の姿をしている。地鉄は板目がつんでおり刃文はのたれに互の目で帽子は丸く返る。刀の出来を見るとつんだ地鉄が肥前刀の様にも見え刃文は四号の三好長道とも似ている。国定は会津の刀工で脇差しの作が多い様です。会津というと三好長道や会津兼定が有名ですが国定は会津兼定と同じ系統の刀工で初代の国定は万治二年に没しているので年期を見る限り二代目の国定という事になります。あまり有名な刀工ではなく見る機会も少ないので国定の特徴といえる部分は分からないのですが良い刀だと思います。

 (國上涼  記)

【六号刀】 脇差 清人 /元治二年二月日 1尺2寸 江戸末期 武蔵国

平造りの寸伸び短刀。身幅広く反りがつき棟は三つ棟になる。地鉄の棟側は柾目になり刃側は板目になる。刃文は直刃で物打ち上で少し乱れ帽子小丸に返り掃きかける。清人は清麿の弟子で師匠と同じく乱れ刃で金筋や砂流しの目立つ作の他に柾目鍛えの作品がある。新々刀期に柾目の刀を作る刀工は左行秀、勝村徳勝、大慶直胤などがいるが清人の特徴は櫛の様と形容される、光りが強く太い掃きかけが帽子に出る点です。特徴的な掃きかけに気が付けば清人と分かる刀だという事でしたが国包などへ入札された方も多かった様です。清人の柾目の作は本などで見て知っていたのですが実際に見ることが出来て良かったです。

(國上涼  記)

鑑賞刀レポート補足資料(時代別・国別)

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スナップ写真

鑑賞大会 参加のご報告(福島県南支部様主催)

11月17日(日)に福島県南支部様が主催される鑑賞大会へ本会員4名が参加。

一本入札の結果、入者なし。参加者の宮城事務局長からの鑑賞刀のレポートは下記のとおり。

  • 1号刀 太刀 元重(地鉄 小板目、青江風、刃文 直刃に小足入り、間延びした肩落ち互の目)
  • 2号刀 脇差 額銘 景依(直刃に小足入り少しむっくりした互の目入り、帽子 三作帽子、乱れ映りあり)
  • 3号刀 刀 無銘 青江(刃文 直刃に足が頻りに入り、刃中沸る、乱れ映りあり、帽子 小丸)
  • 4号刀 太刀 信国(地鉄 板目流れ、刃文 矢筈の互の目が特徴、南北朝最末期)
  • 5号刀 助直(大阪焼き出しに焼き深い濤瀾乱れ)