鑑賞会ニュース78号(令和元年10月27日発行)


鑑賞刀レポート目次

9月28日 鑑賞刀レポート

【一号刀】太刀 無銘 長光極め 2尺3寸程 鎌倉中期 備前国

鎬造り、庵棟、腰反り先へもやや反り加わり、中鋒。地鉄は小板目よくつみ、地沸つき、乱れ映り立つ。刃文は丁子に互の目、尖り刃を交え、横手下物打ち付近は直刃調となり、足・葉よく入り、匂勝ちに小沸つく。帽子は直ぐ調に浅く湾れて僅かに小丸に返る。

刃文をみると頭の丸い丁子や互の目が交じりながら、物打ち辺りから直刃調となり鎌倉時代(主に中期)の長船派の特徴がみられます。同時代、同国の福岡一文字であればもっと刃文に高低があり、互の目がこれほど目立ちません。鎌倉中期の作で、映りがあり丸い互の目が目立つなど各所に長光の特色が表れています。

鎌倉時代くらいの作刀となると長い年月の為に砥ぎ減りがあるものが多くあり、本作も物打ち辺りから鋒にかけて研ぎ減りがみられます。茎も短く、本来は太刀だったものを片手打ちの姿へ磨り上げられているようです。

 

(今野利幸 記)

【二号刀】刀 無銘 二字国俊極め 2尺3寸程 鎌倉中期 山城国

鎬造、庵棟、棟焼は看取されず。重ね尋常、輪反り然迄深くなく、本来猪首切っ先であるがやや研ぎ減りにより小切先様になる。鍛え小板目肌詰み地沸良く付く。濃淡のある沸映りの中に仔細に観ると地斑調が見られる。刃文は小錵主調の丁子に逆掛かる角互の目、乱れ足や葉良く入り匂い口明るく冴える、中直ぐ基調に出入り有り湾れる感。帽子は乱れ込みやや返る。前述の通り研ぎ減りにより猪首切っ先の迫力は残念ながら欠失しているが身幅は広く姿は鎌倉中期の迫力を備えている。茎大磨り上げ。樋先、横手より上がり、掻き通し。面白かったのは額銘にしようとしたものかまたは折り返し銘に?と言う感じで茎先に四角い鏨跡があり当時どういう経緯でこのような中途半端な工作跡が残る事となったかを想像するのも楽しい見どころでした。

2号刀が二字国俊と極められた理由として実際一文字または初期長船にも見紛う作風の両者の中で小錵出来と言う事もありますが二字国俊に見られる地斑様映りが決め手だったのではと言う解説でした。

 

書籍 日本刀五ケ伝の旅 山城編の128~129ページではお互い長寿であったろう国俊と長光の年代ごと刃文変遷の押し形がある。どちらも漲る壮年から晩年の枯淡へ向かう共通点も面白い。ほぼ同時代の刃文の共通点もありつつ丁子と互の目、足の入り方などやはり差異を見分け鑑定できる日本刀の容易くない見所かと。

 

また会員の中では棒樋を掻いているにも関わらず鑑定中に重いと感じたようです。詰んだ地鉄が重さに反映して感じるものなのか。頭だけではなくもっと体で感じる様意識したいとは思いますが、、、。一号刀の樋なし長光と比較するに撤収間際、鉄の密度を感じれるかと何度も持ち比べましたが樋のある刀に対してそのようには感じられず奥の深さをまた新たに認識できました。

 

(三浦弘貴 記)

【三号刀】刀 無銘 青江極め 2尺2寸程 南北朝時代 備中国

鎬造、庵棟、重ね尋常、輪反りやや浅く、時代に対してはやや狭い身幅ですっきりした姿。

鍛えは所謂縮緬肌ではなく小板目詰み微かに淡く地斑映りが中央に見て取れる。澄肌は視認できず。刃文は直刃調に匂い口締まり頻りに直足、乱れ足入り冴えて明るい。二か所ほどの陰の尖り刃がありシンプルな直刃に大きな特徴を表している。帽子はかつてはフクラに沿ってやや尖り気味に返っていたと思われるが切っ先が欠けた為か焼刃やや詰まった印象。茎大磨り上げ。棒樋、掻き流し様に棟に抜けていく。

南北朝期の中青江として静かな直刃基調と分類されるタイプ。また強い印象でやはり延文貞治の身幅広く重ね薄く大切っ先で派手な逆丁子の作風があり本刀は前者のタイプとなる。一見シンプルで整った直刃出来であるが冴えた刃中の働き多さ、明るさだけでも見所のある名刀でありました。

鎬地に掻かれた棒樋先は横手筋より下がり南北朝期の特徴(欠けた切っ先を焼き直せる為にと聞く)。文永、弘安の役に於ける元寇との戦では鎌倉中期の身幅広く重ね厚いハマグリ刃の猪首切っ先では相手の強度な皮鎧に対し欠けたりした様です。体配、戦い方含め改善し変遷して来たと思われる。

 

今回普段とは趣向を変えて1号刀から3号刀迄柄を外した状態。大磨り上げ無銘刀を並べていただき通常の鑑刀は元より、三振りの茎を考慮しつつ「何を見出せますか?」と判者としての楽しさ、会員としては迷走感が伝わってくる課題でした。

 

(三浦弘貴 記)

【四号刀】脇差 真長(額銘)  1尺8寸程 鎌倉末期 備前国

鎌倉末期頃と思われる刀、大きく摺り上げられて額銘になっているので元の姿はわかりづらくなっている。額銘とは銘の部分を切り取って薄く削り、摺り上げた中心にはめ込んだ物で折り返し銘と同じく銘を残す手段です。地鉄は小板目に乱れ映りが鮮明に立ち刃文は匂い口締まり直刃に互の目乱れ足入る。帽子はのたれ込んで丸く浅く返り、よく本などに書いてある長光、真長、景光に多く見られる三作帽子になっている。乱れ映りが立っている所から備前物と見て、のたれた帽子と締まった匂口から真長と見るのが妥当との事。真長は長光の後期作と作風が似ており親子や兄弟であると言われていますが嫡流の長光と比べると実物を見る機会は少なく感じます。 

 

(國上涼 記)

【五号刀】短刀 銘 月山/文明八年二月日  8寸程   室町末期 出羽国

室町末期の月山の短刀。月山の刀で在銘で年期が入っている作品は珍しい。姿は身幅尋常で反りが無く三つ棟になっている。地鉄は月山の特徴である柾目のうねった綾杉肌になっているが研ぎによるものか本来の地鉄か分からないが今までに見た月山と比べるとあまり肌立った感じはしない。綾杉肌は月山以外にも九州の波平や新藤五国光などの他の流派にも見られ修験者によって技術が広められたとも言われている。刃文は直刃で中程の匂口が少し深くなって帽子は小丸に返る。月山鍛冶は鎌倉期から存在しているとされるが現存するなかで最も古い刀は南北朝期の物で数が多いのは室町期の物であり現代においても月山一門が作刀を続けている。

 

(國上涼  記)

鑑賞刀レポート補足資料(時代別・国別)

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