鑑定会ニュース70号(平成30年4月7日発行)

皆様にはお変わりなく益々ご活躍の事と拝察致します。

今月号も楽しいお知らせ盛りだくさんで70号をお届けいたします。


1.いわき支部刀剣鑑賞会に参加(2月25日)

福島県いわき市内郷にて、いわき支部様主催の名刀鑑賞会が開催されました。

当協会からは会長、事務局長、他5名の計7名で参加。

多数の出展刀を鑑定入札で鑑賞し、事務局長が地位(2位)、若手が3位と好成績を修めてまいりました!

御刀も古備前高綱、雲次、国虎など名刀揃いだったとか…。

鑑賞会の後は懇親会と続き、いわき支部様と他支部の皆様と楽しいお時間を戴きました。

主催のいわき支部の皆様に深く御礼申し上げます。

2.名刀鑑賞会を開催(3月24日)

塩竈市公民館にて定例鑑賞会を開催しました!

参加者は総勢24名(内 見学2名)。

今回も高山武士先生より名刀をご持参頂き、

時間配分を心掛けつつ眼福の時間は瞬く間に過ぎていったのでした。

鑑賞刀の詳細は次項をご覧ください。

3.鑑賞刀レポート

【一号刀】太刀 無銘(二字国俊極め) 2尺2寸4分半 山城国 鎌倉中期

力強いやや幅が広めの深い樋が印象に残る大磨上げ無銘の二字国俊。

研ぎ減りによって小鎬と横手が下がっていて、元幅と先幅に開きがあり、

帽子は中鋒[ちゅうきっさき]が詰まるような形となっているが、

元来この太刀の帽子は鎌倉時代中期の猪首鋒[いくびきっさき]であったと考えられる。

古刀は戦などで用いられることにより物打ち付近に損傷が起きることが多く、

これによって刀身の先の方から減っていくので帽子が無くなってしまう太刀が多い。

この二字国俊も元重ねに比し先重ねがかなり減って薄くなっている。

合戦で損傷が起き、その損傷部分が研がれて先重ねが狭くなる。

その結果幅も狭く寸法も短くなり小鎬も狭くなる。

そこをしっかりと見て研ぎ減り以前の姿へと復元して刀を観察することが

時代をとらえる上で非常に大切なことである。

また幅が広く深めに彫ってある強い樋[ひ]も鎌倉中期の樋の大きな特徴であり、

これも時代を見極めるための重要な部分である。

 

刃文は丁子が揃い気味で映りが出ているので備前であれば福岡一文字や長船派が考えられるが、

一文字であればもっと刃に出入りがあり刃文の高低がはっきりするので異なり、

長船であれば長光などが頭に浮かんでくるが、

この太刀は刃沸が強く地鉄がねっとりと深く綺麗であり、その観点からすると備前の地鉄とは異なってくる。

この地鉄の部分にしっかりと注目していけば、ここは備前ではなく山城へと考えを持っていくことが最善である。

 

三字銘の来国俊は在銘の太刀、短刀が多く存在するが二字国俊の在銘は非常に少ない。

在銘の二字国俊で現存しているものでは目釘孔上に愛染明王[あいぜんみょうおう]の毛彫がある

重要文化財の愛染国俊の短刀が有名である。

鎌倉中期は短刀自体が少ないが、二字国俊の在銘で短刀であるということから、

この愛染国俊は在銘の二字国俊の中でも特に珍しい一口であると云われている。

(赤荻亨 記)


【二号刀】脇差 銘「康光」 1尺2寸程 備前国 室町初期

寸法が一尺二寸前後で長さに対して身幅の狭い寸延び短刀で応永頃の刀の典型的な姿。

登録証では脇差になっているが用途としては短刀。刀樋が掻いてありハバキの上で丸留めしてあり

刀樋の横に連樋[つれひ]を掻いている

この連樋はもともと添樋[そえひ]だったものを後天的に直したもので本来の状態ではない。

地鉄板目に杢が入り棒映りがはっきりと出ている。

小さめの互の目が連続している様な刃文で小反り[こぞり]や永享頃の備前物に似ていると感じる。

刃文のすぐ近くに出た棒映りは匂口[においぐち]が部分的に映りとつながった状態になっていて

あまり見た事のない働きでした。

互の目主体の刃文に見えたので則光に入札しましたが、

姿から応永備前に入札したほうが良かったかもしれません。

(國上涼 記)

【三号刀】薙刀直し脇差 無銘(尻懸) 1尺4寸7分1厘 大和国 鎌倉末期

薙刀直し造り、重ね厚く、地鉄は小板目詰み、板目流れる。刃文は小互の目所々連れ、ほつれ交じり、

金筋・砂流し入る。帽子は直ぐに掃きかけ、先焼詰める。彫物は薙刀樋・添樋を掻き流す。

 

本作は地刃の働きや、帽子が掃きかけて焼詰めることなどから

大和本国(千手院・手掻[てがい]・当麻[たいま]・尻懸[しっかけ]・保昌[ほしょう])の作風を示しています。

そして、互の目が連れる部分や、沸づきが他の派に比べ穏やかになる点などを考えると

尻懸と観ることができます。

千手院派は姿や地刃がより古色を示し、手掻派は沸が強くつき地鉄[じがね]よく冴え、

当麻派は相州気質となるものがあり、保昌派は総柾目鍛えとなります。

 

尻懸派は則長を事実上の祖として繁栄した流派です。

則長の有銘作は少ないですが、文保三年(1319)48歳、暦応三年(1340)69歳の行年銘を切った短刀が現存し、室町期にも則長銘を切ったものがあることから同銘数代あったようです。

(今野利幸 記)


【四号刀】刀 銘「飛騨守藤原朝臣氏房」 刃長 2尺2寸8分 美濃国 室町末期

鎬造り 庵棟 身幅広く比して重ね薄く平肉少ない 棒樋、樋内腰に三鈷柄[さんこづか]剣の彫り 

三鈷の彫りの摩滅具合からも重ねの薄さに繋がったものと思われるが重ね等全体的に均整の取れた姿。

表下半板目に杢目混じり、上半柾目流れるも詰む肌。刃文腰からは平地中程にかかるやや高い大互の目に

尖り刃が混じり先に向かって低く湾れて強い沸出来で刃中また頭からも強くまとまった金筋に

砂流し激しく掛かる。

帽子大切っ先鋭く 表一枚風に激しく掃き掛け 裏地蔵風に掃き掛ける。

 

「飛騨守氏房[ひだのかみうじふさ]」は永禄10年、若狭守氏房の嫡子として濃州関に生まれる。

天正19年に清州領主となった関白秀次に政常、信高と共に呼び出され聚楽第にて謁見。

斡旋により三名同時に受領。氏房は「飛騨守」に。

その後福島正則、松平薩摩守忠吉、松平義直の下で作刀。

名古屋城築城により世にいう「清州越し」と言われる集団移住で尾張名古屋へ。

歴史上安土桃山時代であるが刀剣史としては室町時代の最末期の永禄、元亀、天正、文禄にかかるが本作、姿、

作風としても慶長新刀と見て悪くない天正に近い末関物。

所謂「新古境」と言われる室町末期から江戸初期にあたる時代は古刀の作風が新刀の作風へ移行する過渡期であります。常に時代の移り変わりから徐々に風情は変化していきますから「古刀」、「新刀」と区分上大きな変化でも戦乱冷めやらぬ実用刀としての需要もあり高い技術が優良刀工を輩出する背景として興味深く難しい時代だと思います。

氏房は晩年は寛永まで作刀している。

入札としては「村正」や「義助」の札も見られた。作風としては大道の力強さにも似る。

氏房は作域が広く古作志津を彷彿とさせる物や直ぐ刃で大和風情の物もある。

(三浦弘貴 記)


【五号刀】短刀 銘「資正作」 刃長 7寸3分程 和泉国 室町末期

平造り、三ツ棟、細身、重ね厚く、ふんばりが際立ちやや先反りつく。

刀身の長さに対し茎の長さは尋常。板目ながれ処々柾がかる。総体に肌立つ。

刃幅の細い直刃を焼き、帽子はふくら辺りでやや崩れ深く返る。

茎尻は入山形[いりやまがた]、鑢目[やすりめ]勝手下がり、茎の真ん中に目釘孔一、その真下に銘あり。

 

資正[すけまさ]は加賀四郎資正ともいい、和泉[いずみ]国における古刀期の刀工群「加賀四郎派」のひとり。

現存本数が少なく(※)、「加賀」という呼び名は本国が加賀であったから、

または名字が加賀であったからなどの諸説があるが実態は明らかではなく、

また資正を特徴付ける作風も明らかではない。

判者の高山先生としては、希少であるため当たらなくて当然。参考に観て欲しかった。

末関に入札すれば作柄同然とする、とのことでした。

(※)古刀期の畿内では山城、大和の作がほとんどで、摂津・河内・和泉は希少。

(佐々木理恵 記)

4.鑑賞刀レポート補足資料

クリックすると拡大できます


5.今後の予定

6.会員通信

本ニュースの編集・配信・お菓子係の佐々木です(`・ω・´)キリッ

前号まではPDFファイルで当協会の様子をお伝えしてまいりましたが、

今回はホームページに直接、文章を掲載しようという初めての試みをしております。

ちょっとドキドキです…感想またはご要望などございましたら、

通りすがりの佐々木を捕まえて物申してくださると嬉しいです。

 

話代わりまして、鑑賞刀レポート。今回もパワーアップしております!

体配や刃文、地がね、作られた時代背景など、御刀から知り得た情報、復習で得た情報を記述するにあたり、

刀剣美術を代表とする鑑定文書の表現に少しでも近づいたものになれるよう努めました。

またレポートの補足として作刀地域や時代区分を図化してみました。

レポートを担当する広報チーム(当協会の若手が有志で集まって活動しています)全員で、

今後も少しずつ鑑定力アップに努め、その力をレポートに反映できるよう努めてまいります。

 

とはいえ「ど」が付くくらいの初心者マークな佐々木なので個人的にはレポート作成、毎回必死です。

今まで何でもないようにてれ~っと読み流ししてきた鑑定文書は、

書籍の種類に関わらず、御刀を解説するための表現や文法が存在することを改めて知りました。

読むのと書くのはまったく違うなーと。

書くためには文字が表現することを理解している必要がありますから…「ど」初心者マークな私にとって、

すべてが未知の世界。これまた勉強になることだらけです。

 

文章の流れや言葉選びはチームの方々からご助力頂き、なんとか形にしてもらっています。

レポートを書くためには対象の御刀をとことん観なくちゃー…ということで

鑑賞刀を観ようとする意識は俄然高まります。

更に図化は、国名や国の位置、街道別の色分けも間違えのないよう書籍をしっかり読みます。

これまた否応なく勉強になることだらけです。

 

必死だらけで過ごしていますと、どこか達観した気持ちになるもので(笑)、

人生を100と考えた場合、過去の私が満たしていなかった物事を補うために、

現在の私の目の前にやるべきことがあるんだ…と思うことにしました。

そう思えばすべてが納得です…!(笑)

がんばっぺ!

 

以上、会員通信でしたっ(^▽^)ノ